第一片
儀式の原則
儀式を始める前に、対象の真名を確かめよ。
通り名や称号を用いてはならない。
似た名をもって代えてはならない。
名を誤れば命令は届かず、別の対象へ処理が及ぶおそれがある。
真名とは、その者が己を示す名である。
対象が自らの名を失っている場合は、記録に残された最も古い名を用いよ。
次に術者の資格を示せ。
資格なき者の命令は退けられる。
退けられた命令を繰り返してはならない。
三度目の拒絶の後に起こる事象について、本書は責任を負わない。
[この先、一頁欠損]
ARCHIVE HALL / RESTRICTED MATERIAL
帝国公文書院・特別保管資料
整理番号:古式―第七号 / 閲覧区分:許可研究者のみ
本書は帝国内の古代遺跡から回収された資料である。
発見時には表紙と綴じ糸が失われていた。正式な書名も残されていない。
現存する頁の多くには焼け跡や水濡れが見られる。全体の半数以上が欠損しており、頁の並びも完全には判明していない。
現在の書名である『古代語儀式書』は、内容をもとに帝国公文書院がつけた仮称である。
以下は判読できた箇所を現代語へ訳したものである。
第一片
儀式を始める前に、対象の真名を確かめよ。
通り名や称号を用いてはならない。
似た名をもって代えてはならない。
名を誤れば命令は届かず、別の対象へ処理が及ぶおそれがある。
真名とは、その者が己を示す名である。
対象が自らの名を失っている場合は、記録に残された最も古い名を用いよ。
次に術者の資格を示せ。
資格なき者の命令は退けられる。
退けられた命令を繰り返してはならない。
三度目の拒絶の後に起こる事象について、本書は責任を負わない。
[この先、一頁欠損]
第二片
対象は一人ずつ指定せよ。
複数の対象を同時に指定してはならない。
真名を告げた後、対象の姿を確かめよ。
姿なき者へ命令を送る場合は、対象に結びつく品を用いよ。
血、毛、鱗、羽根のいずれかが望ましい。
それらを得られない場合は、対象が長く身につけていた品でも代用できる。
対象との結びつきが弱い品を用いた場合、命令の一部が失われることがある。
対象を確定した後は、別の名を口にしてはならない。
[以下、三頁欠損]
第三片
命令は次の順に告げよ。
順を乱してはならない。
一度に複数の処理を求めてはならない。
命令に曖昧な言葉を用いてはならない。
「すべて」「永遠」「完全」など、範囲を定められない言葉は特に避けよ。
誤った命令も、正しく受理されれば実行される。
命令を終えた後は、必ず完了の言葉を告げよ。
完了を告げる前に対象へ触れてはならない。
応答がない場合も、その場から離れてはならない。
青い光が三度明滅した後――
[この先、二頁欠損]
第五片
封鎖する記憶の範囲を指定せよ。
時、場所、人物のいずれかを基準とすること。
人格領域を処理範囲に含めてはならない。
対象の真名を封鎖してはならない。
真名を失った対象は、己と他者の境を保てなくなるおそれがある。
記憶は消滅するものではない。
名の奥へ閉ざされ、呼び戻される時を待つ。
処理を実行する前に、復元に用いる記録を残せ。
実行した命令と同じ言葉を記録し、術者の印を添えよ。
記録を持たずに封鎖を行った場合、対象の記憶は――
[以下、七頁欠損]
残された記憶に強い揺らぎが生じても、処理を重ねてはならない。
二度目の封鎖は記憶の境を壊す。
三度目の封鎖は人格領域へ達する。
対象が自らの真名を口にした場合は、直ちに処理を停止せよ。
[次頁欠損]
第九片
本処理は、危険と認められた対象にのみ用いよ。
処罰や服従を目的として用いてはならない。
対象の種を確かめよ。
血に刻まれた獣性を確認し、理性領域と分けて指定せよ。
理性領域を閉ざした後、獣性の制限を解除する。
対象の身体は古い姿へ近づく。
変化の程度は血の濃さによって異なる。
変化した対象は言葉を失い、命令と本能に従う。
処理中に対象の名を呼んではならない。
過去の記憶を刺激する言葉も避けよ。
強い意志や記憶を持つ対象は、理性の一部を残すことがある。
その場合も処理を重ねてはならない。
再度の実行は理性と獣性の境を壊し、制御不能を招く。
理性が完全に閉ざされなかった場合は――
[以下、十五頁欠損]
第十二片
処理の解除には、実行時と同等以上の資格を要する。
対象の真名を確かめよ。
実行された命令の全てを読み上げ、処理の範囲を一つずつ取り除け。
実行記録が失われている場合は、対象の記憶と結びついた補助媒体を用いる。
補助媒体には、対象の言葉を受け取り、古代語へ変換できるものを――
[この先、二十七頁欠損]
裏表紙
力は、正しさを選ばない。
命令を受けるものは、善悪を判断しない。
誤った結果を生むのは力ではなく、それを用いる者である。
真名を呼ぶ時は、その者の全てを背負う覚悟を持て。
帝国公文書院
本書における「儀式」は、現在使われている祈祷魔法とは性質が異なる。
古代語そのものが現象を起こしているとは考えにくい。
本文には「資格」「拒絶」「応答」「実行記録」など、現在の魔導書ではほとんど使われない言葉が繰り返し現れる。
古代語は魔法を発動する呪文ではなく、何らかの存在へ命令を伝えるための言葉だった可能性がある。
命令を受け取り、対象を識別し、処理を実行するもの。
それが生物であったのか、魔導具であったのかは分かっていない。
ただし、本書の余白には同じ印が何度も描かれている。
円環の中央に一つの目を持つ、霜に似た紋章である。
この紋章が何を示すものか、現在も判明していない。
本書の無断詠唱を禁ずる。
古代の命令を受け取るものが、今も帝国のどこかで動き続けている可能性を否定できないためである。
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書写・持ち出し・無断詠唱は禁止されています。